いざ!ノイシュヴァンシュタイン城へ…

ノイシュヴァンシュタイン城はルートヴィッヒ2世の空想の世界を現実にした夢のお城でもあります。

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ルートヴィッヒ2世とワーグナー その1

ワーグナーと出会ってから…

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ローエングリンをざっくりと・・

【第1幕】

10世紀前半、舞台はアントウェルペンのスヘルデ河のほとりです。この地を治めていたブラバンド公国に、ドイツ国王のハインリヒ1世が訪れてきます。このときブラバンド公国は大公が死去しており、娘エルザとその弟ゴットフリートが残されていました。この二人の後見役だった伯爵テルラムントは、次のようにドイツ国王に訴えるのでした。「エルザは弟を誘って森に散策に出掛けました。そして一人で戻ってきました。ゴットフリートは行方不明です。犯人はエルザです。私がエルザに替わってブラバンドの領主にふさわしい・・・」

この告発に対して国王は、一騎打ちの決闘で決着をつけるように言い渡します。エルザは自分の代わりに戦う騎士として指名したのは、エルザの夢に出てきた「白鳥の騎士」でした。そしてエルザが祈りをささげると、なんと本当に白鳥に乗った騎士ローエングリンが現れたのでした。騎士ローエングリンは、自分の名前と素性を訊ねないならば戦おうと言います。エルザはその申し出に承諾します。そして、ローエングリンは一騎打ちで伯爵テルラムントに勝利するのでした。これでようやくエルザの容疑は晴れることになりました。

【第2幕】

一騎打ちに敗れた伯爵テルラムントは、命は助けられることになりました。そして、伯爵テルラムントと妻のオルトルートは「白鳥の騎士の正体」を疑っているのでした。妻のオルトルートはエルザに近寄って、白鳥の騎士の素性を問うようにそそのかすのでした。実はこのオルトルートは妖術を使う持ち主で、ゴットフリート失踪の真犯人でもありました。オルトルートはエルザをおとしいれて、ブラバンド公国の土地を手に入れようとする陰謀でもあったのです。

【第3幕】

エルザとローエングリンは結婚しました。そして結婚したその夜のこと、寝室で二人きりになるとエルザは愛する人のすべてを知りたいという想いを募らせていきます。そしてついにエルザはローエングリンから禁じられた問い、それは白鳥の騎士の名と素性を教えてほしいということを口にしたのでした。

ローエングリンは、ドイツ国王と兵士たち、そしてエルザの前で自らの素性と名前を明かします。ローエングリンは聖杯王パルツィファルの子で、聖杯に仕える騎士でもあります。そして正体を知られた以上は、この地を去らなければならないと言い放ちました。

ローエングリンがやって来たときと同じように、白鳥が小舟を引いてスヘルデ河畔に到着しました。ローエングリンが白鳥の鎖を取ると、白鳥は行方不明だったゴットフリートの姿へと変わりました。妖術を破られたオルトルートはその時に絶叫をあげて絶命します。

ローエングリンは、小舟に乗っていずこへと去っていきました。エルザはローエングリンを失った悲しみと失意のあまりに、弟ゴットフリートの腕の中で息絶えたのでした。

即位して

1864年3月にルートヴィッヒの父親マクリミリアン2世が急死します。ルートヴィッヒはバイエルン国王として18歳で即位することになりました。191㎝というすらりとした長身で、凛々しい顔立ちに黒褐色の巻き毛で、輝くばかりの若き国王ルートヴィッヒ2世の魅力に、バイエルンの民衆はたちまち魅了されることになりました。

まだ18歳という若さのルートヴィッヒですが、ミュンヘンの大学で勉強することを始めたばかりでもありました。国王として即位することになったので、予定された学業はやむなく中断されることになり、学業の後に計画されていた外国への修養旅行などもすべて実現しないままでの王位への就任ということにもなりました。結局、ルートヴィッヒの施される予定であった教育は未完成に終わることになりました。そのことで、知識と関心は大きく偏ることにもなり、また一人の人間としてもまだまだ未成熟な状態でした。

そうはいってもまだ18歳という若さもあり、王位に即位した若きルートヴィッヒは国王という任務に対して、大いにやる気をみせていました。バイエルンは元々君主の統治権が決して強いとはいえない国家でしたが、マクシミリアン1世の治世の時に、官僚化がかなり進んでいました。ルートヴィッヒは君主としての立場と任務としての考え方は、祖父のルートヴィッヒ1世に近い考え方で、側近に任せきりにしてただ国王が側近が作った書類に署名するだけの立場となる王座には満足しませんでした。自らが君臨してバイエルン公国を統治することを望んでいました。

そして、この頃のルートヴィッヒはどうだったのかというと、ワーグナーの世界に魅了されていたので、寝てもさめても頭の中はワーグナーで一色という毎日を送っていました。そんなワーグナー一色だったルートヴィッヒが王位に即位してすぐ指示したことは、敬愛するワーグナーを探し出して、バイエルンへと招聘することでした。

ワーグナーにとってはこのルートヴィッヒの招聘は、窮地にあったこともありバイエルン公国への招きは願ってもないことでした。ここに至るまでのリヒャルト・ワーグナーの生涯は、とても波乱に富んだものでした。ワーグナーはドレスデンで革命運動に参加したことで、逮捕状が出ました。その逮捕状が出たことにより亡命生活を送っていました。そしてその当時には、追放処分は撤回されたてはいましたが、上演予定の機会すらない大作を書き続けて、分不相応の贅沢を繰り返して多額の借金までも抱えていた状態でした。

おまけに、ワーグナーはフランツ・リストの娘でもあり人妻のコジマとの不倫騒動で、世の中を騒がせていました。コジマはワーグナーの推薦によって宮廷指揮者になっていたハンス・フォン・ビューローの妻でした。そして年齢はワーグナーとは24歳も、歳が離れていました。ワーグナーにも別居中の妻がいたので、いわゆるダブル不倫でした。その当時のそんな24歳の年齢差もあり、お互い伴侶がいる身でありながらの不倫は、到底許されぬ2人の仲ということでミュンヘン中に知れ渡っていて大きなスキャンダルに発展していました。